指先に覚えなき傷冴え返る 岩永はるみ

 寒波はいつも、立春の声を聞いてからの方がきつい。出かけそびれて家で古い切り抜きを整理していたら、面白い記事がみつかった。作家の花田清輝のパリの一文が、ノートに貼ってあった。
 パリの墓地に二つのお墓が並んでいて、先にできた墓には、「ジャック ジュラン‥‥お前をまってるよ」隣の墓には「ジャクリーヌ ジュラン‥‥はい、まいりましたよ」と書いてあるとか。
 切り抜きが朝日新聞か、日経新聞かさだかではないけれど、このお墓はまず夫が先に作って、妻が後から追ったのかしら、ふたりで前もって用意したのかしら、などとあれこれ考えた。世の中には最後まで自分自身の人生の設計をする人がいるんだ、という発見。なんという余裕でしょう。いかにも、フランス人(どういうのがフランス人か知らないけれど)ってこうですよ、という感じです。
 そういえば、友人の鷹崎由未子さんの代表句のひとつに、こんな句がある。
「まだ夫の攫ひにはこぬ花野かな」