耳かせば ことなき話 冬林檎 はるみ


おいしい
 食べ物は声を出して、「おいしい」と言うと美味しさが倍増するという。けれど、子供でもない限り、そう思ってもなかなか声に出して表明する人は少ない。まして、日本の男性で妻の作った食事を「おいしい」という人がどれほどいるだろうか。
 ところが、ある日テレビをつけたら、老人とその家族が食事をしている場面が映った。そのお爺さんが、芋の煮ころがしを食べては、「うまい」といい、お味噌汁を飲んでは「うまい」と言っている。
 カメラが角度を変えると、かたわらの奥さんが実に幸せそうに笑っている。息子さんらしい人も、お嫁さんらしい人も、子供たちもニコニコして楽しそうに食卓を囲んでいる。この核家族の時代に大人数で食事をするだけでも幸せなのだろうが、そこに主人の「うまい、うまい」が入る。みんなの笑顔は「そうだそうだ」の賛同に違いない。「おいしい食事をありがとう」の笑顔に違いない。
 これは、毎日「愛しているよ」と言う欧米の夫たちの言葉に勝るのではないだろうか。さて、夫は今夜私のシチューを「おいしい」と言ってくれるだろうか。

2012/01/29